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鳥坂城跡・猿橋城跡

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戦国時代の山城

鳥坂城跡

戦国時代、旧飯山街道(国道292号)の信越国境をおさえる重要な役割りを果たした山城と考えられています。高床山から北東へ伸びる尾根上に築かれ、別名鶏冠城(とさか)城とも呼ばれています。標高347メートルの位置にあった本丸の周囲には、数多くの曲輪、尾根上には連続した壮大な空掘が設けられています。
城の設立や城主は明らかではありませんが、建仁二年(1201年)、越後領主城小太郎資盛が鳥坂山で鎌倉幕府と戦ったと伝えられています。また、鳥坂城と、平氏一族の城氏との関係ははっきりしていません。
頂上本丸跡からの眺望はすばらしく、高床山森林公園の駐車場から徒歩約10分で本丸跡へ行けます。

猿橋城跡

信越国境に位置する村が主体的に管理したとみられる山城跡です。城跡は、向山(標高465メートル)の稜線の下の部分にあり、標高約370メートルの場所に位置しています。城跡からは、遠くは板倉町と長野県を結ぶ関田峠、平丸、富倉方面をも眺望することができます。
猿橋城の東側・西側は絶壁で、北側は急傾斜になっていて、南側の尾根続きは、大空堀でたち切ったり、土塁を配置したりして、外部からの攻めに備えるなど、自然地形をうまく利用した山城であったと考えられています。

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