斐太遺跡を挟んで北の観音平地区(宮内、青田)、南の天神堂地区(乙吉、籠町)に分かれ、両地区合わせて170基以上の古墳が確認され、指定面積17万平方メートルの北陸最大規模の古墳群として昭和53年に国の史跡に指定されました。
今まで古墳時代後期(6~7世紀)の群集墳として考えられてきましたが、平成11年度の調査で、観音平地区の最高所に古墳時代前期(3世紀頃)の前方後円墳が2基発見され、県内最古級の前方後円墳として、注目を集めています。
斐太遺跡を挟んで北の観音平地区(宮内、青田)、南の天神堂地区(乙吉、籠町)に分かれ、両地区合わせて170基以上の古墳が確認され、指定面積17万平方メートルの北陸最大規模の古墳群として昭和53年に国の史跡に指定されました。
今まで古墳時代後期(6~7世紀)の群集墳として考えられてきましたが、平成11年度の調査で、観音平地区の最高所に古墳時代前期(3世紀頃)の前方後円墳が2基発見され、県内最古級の前方後円墳として、注目を集めています。